一般に,筋力トレーニング効果には強い負荷運動が必要です。しかし,強い負荷運動は高齢者や患者に対して難しいし,危険です。一方,理学療法室の高齢者や患者に対して弱い負荷量でも筋機能が向上することを経験します。また,萎縮筋に対する筋力トレーニング効果は,健常筋に対する効果に比べてかなり早く表れます。不思議です。我々は,その「不思議」を明らかにするとともに,既存の定説を覆す新たな理学療法の開発を行いたいと考えています。
【図】 マウス萎縮筋に対して強度を変えたトレーニングを実施した際の回復を比較しました。最大筋力の40%の負荷運動を行うと,1週間でもとのサイズ,元の筋力と同程度まで回復することを明らかにしました。一方,正常筋に対して筋強効果があるといわれる高強度のトレーニングを行うと,むしろ筋損傷が激しく,回復が遅れることが明らかになりました。 (Ito, Muscle Nerve 2017)
一般的に,スポーツ時に起こる筋損傷は,安静,冷却,圧迫,挙上が大切だと言われます。
しかし近年,損傷筋に起こる炎症反応は筋の修復に不可欠であり,炎症を抑えると回復が遅れることが分かってきました。これには,損傷筋を掃除する細胞や筋の幹細胞の活動が関わっているようです。また,理学療法で行う力学刺激は掃除や再生を加速しそうです。我々の目的は,炎症反応による筋の修復のメカニズムを明らかにすることと,既存の定説を覆す新たな理学療法の開発です。
【図】ラットの損傷筋に対して,損傷1日後に5秒間の軽いストレッチングを繰り返し15分間行うと,再生筋線維(緑色の部分)の発現が早く表れ,筋力の回復も早く得られることを明らかにしました。
(Mori T, J. Physiol. Sci., 2017, doi.org/10.1007/s12576-017-0553-9)
リンパ系は,リンパ管・リンパ節・リンパ器官からなる複合システムであり,血液中への組織液の回収や,免疫において重要な役割を担っています。これまで様々な疾患動物モデルを用いてリンパ管の役割を中心に検証してきました。その結果,リンパ管が腫瘍組織の増殖・転移,リンパ浮腫,炎症の拡散や創傷治癒などの機序に重要な役割を担うことが解明できました。しかしこれまで,筋萎縮・筋損傷などの筋の病態における,リンパ管系の役割についてはほとんどわかっていませんでした。最近我々は,筋中のリンパ管の分布を明らかにするとともに,筋の病態やその回復においても,リンパ管の新生が大きく関与していることを明らかにしつつあります。理学療法による筋萎縮・筋損傷からの回復促進効果には,力学刺激によるリンパ管内皮細胞のシグナル伝達機構が大きく関与している可能性があります。この様なリンパ管の科学的検証は,より効果的な理学療法の開発や,新薬の開発に発展させることができます。
【上図】マクロファージ誘導によるリンパ管新生課程の模式図です。マクロファージはリンパ管の内皮細胞表現型に分化転換することにより、直接リンパ管新生に関与しています。 さらに、マクロファージはリンパ管増殖因子であるVEGF-C/-DおよびVEGF-Aを産生し、既存のリンパ管の増殖、発芽、リモデリングを促進するにより、さらなるマクロファージの動員に影響を与えます。
(Ji RC., Cell Mol. Life Sci., 2012, doi.org/10.1007/s00018-011-0848-6)
【下図】リンパ管(矢印,緑)は,筋線維と筋線維との間に毛細血管(矢じり,赤)に隣接して,筋内全域に分布していることがわかりました。このリンパ管は,筋萎縮急速に起こる器官に重要な役割を担うことを示唆することを明らかにしました。
(Kawashima T, Muscle Nerve, 2021, doi.org/10.1002/mus.27402 )